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母は誕生日に愛猫を受け取った

      母は誕生日に愛猫を受け取った
          

         野良猫パンダ

 母の住む家に白黒の野良猫が現れるようになったのは十何年も前のことです。猫は毎日来ては、家の中を一通り歩き回った後、母がサンルームに置いた餌を食べ、また外へ出て行くのです。それでサンルームのガラス戸は真冬でも猫一匹分開けてありました。「パンダ」という名前は母がつけたのです。

 あるときからパンダは毛が抜け始め、ボス猫の風格はどこへやらの見る影もない状態になりました。毎日母のために来てもらっていたお手伝いさんに、動物病院から取り寄せた薬を塗ってもらうと、半年ぐらいでようやく元通りになりました。

 皮膚病が治ったかと思うと次は大ケガです。数日ぶりに姿を現したパンダは、オス猫同士の争いに負けたらしく、首もとにパックリ開いた傷があり、ガリガリにやせていました。ずっと犬党だった私は猫についての知識がほとんどなく、メスの発情期が来るとオス猫同士がそうやって争うという厳しい猫社会のことを初めて知りました。

 このままではきっと近いうちに喧嘩に負ける日が来る……。母も同じ思いだったたらしく、パンダを去勢して家の中だけで飼うことに決めたのです。それに、パンダが家に来始めてからの母の生活はパンダ中心になっていました。パンダが2日姿を現さないと母は心配のあまり食欲さえ失くしてしまうのです。パンダを家で飼うことは母のためにも猫のためにもいいのではないかと思えました。


       たちまちセレブ猫に

 パンダが家の猫になると、ドイツからの毎朝の電話は、
私「もしもし、ネズミに引かれていないでしょうね?」
母「パンダがいるからだいじょうぶ!」で始まるようになりました。
 母の介護のヘルパーさんたちも「パンダちゃん」、「パンちゃん」と呼びかけ、抱きしめ、撫で回し、ほおずりをするものだから、毛はピカピカに光り、美猫になって、みんなのアイドル猫です。
 
 居間には、母がマーカーで「パンダのおもちゃ箱」と書いた段ボール箱があって、来客はその中から好みの猫じゃらしを選んで、しばらく猫と遊びます。本物のパンダにそっくりのかわいい猫がいる、という噂を聞いて、遠くからわざわざパンダを見に来る人もいました。

 一番の驚きは、パンダが気配りをするということでした。ソファで長くなっていたパンダが突然、何かを思い立ったように起き上がり、母の膝に飛び上がるのです。そして、母の細い両膝からずり落ちそうになりながらも、ズボンにしがみついて母に自分を長い時間、撫でさせるのです。骨折で入院治療したせいで筋肉が落ちてしまい、竹のように細くなっていた膝は、パンダにとって決して座り心地はよくなかったはずですが、母が自分を撫でたがっているのがわかったのでしょう。


           母、天国へ逝く

 パンダにはどんなことがあっても、母よりも長生きしてもらわなければならない。ヘルパーさんも私もそう願っていました。

 そして、パンダは最後まで母を見守っていてくれました。母は95歳まであと2ヶ月という冬の朝、天国に逝きました。

 猫を13匹飼っている友人がパンダを引き取ると申し出てくれたのですが、血液検査の結果、パンダは猫エイズのウィルス・キャリアだとわかったので、諦めざるを得ませんでした。友人は悔しがって泣きましたが、私はこれも「猫神さま」のお考えなのでは?という気がして、友人を慰めました。パンダだって母に負けないほどの高齢のはずなのです。人間も猫もできれば住み慣れた家で暮らすのが一番なのではないか、と。

 それからは、その友人を始め、猫好きの従姉、母の介護に来てくれていたヘルパーさんが定期的にパンダに会いに行ってくれるようになりました。


           奇跡の49日

 母が亡くなってちょうど49日目に、「パンダが餌を食べなくな
った」とドイツの私に連絡がありました。そのときが来た、と思いました。
 49日目からきっかり1週間後が母の誕生日だったのです。だから私はパンダの世話をしてくれていた人たちに、「母は自分の誕生日にパンダを連れに来るつもりだと思う」と伝えました。なぜか、その言葉が自然に口から出たのです。しかも、みんなすぐにそのことを理解して、「パンダは母の誕生日に逝く」という確信を持ったようです。

 餌を食べなくなったパンダのために友人とヘルパーさんたちは前よりいっそう頻繁に訪れてくれました。パンダは4、5日たつと寝床から起き上がれなくなっていました。それでも、「パンダ!」と呼びかけると、「ニャア」と返事をしていました。パンダはいつもそうやって返事をしてくれるのです。

 母の誕生日の日付に変わるまであと数時間という晩が来ました。友人は遅くまでパンダに付き添ってくれていましたが、零時が過ぎ、ついに母の誕生日の当日になったとき、友人は自宅に帰ることにしました。「私がいるとお母さまがパンダを受け取りに来にくくなるような気がします。家に帰ります」という携帯電話からのメールが来ました。

 朝一番に友人が家に行くと、パンダは冷たくなっていました。
 パンダは母のお骨を家で49日間守り続けるという、この世での最後の役割を終えて、大好きな母のもとに行ったのです。

 パンダがお母さまのもとに逝きました、というメールを読んだ瞬間に心の奥から湧き出てきた感動を私は一生忘れないでしょう。「パンダは偉い。すごい猫だ」と、私は泣きながらメールに感謝の返事を書きました。

 今、天国でパンダはいつでも好きなときに母の膝の上でうたた寝をすることができます。若返った母の膝の上は絹の布団のように柔らかで寝心地は満点。母の着物は大好きだったラベンダー色でしょうか。母の手がパンダをいつまでもやさしく撫で続けていることでしょう。

 母は自分の誕生日に、何よりもすばらしい贈り物を受け取ったのです。

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