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アンの一家が感じた愛犬の存在

私は昔、サウジアラビアのジェッダという町に、5年住んでいました。10人集まれば10の国籍がそろうインターナショナルな都会でした。まあ、都会とはいっても当時(30年前)はロバや山羊やラクダが町の光景の一部、というノンビリした半分田舎だったのですが、今はもうそんな面影もないでしょう。

夜、砂漠に行くと、まさしく「満天の星」です。無数のダイヤモンドを空いっぱいに散りばめたようでした。それだけは永遠に同じでしょうけれど。
 
家からはコバルトブルーの海が見えました。
そして、その家の屋上で台湾人のアンが話してくれたことを私はよく思い出すのです。アンは食事の前に短い祈りの言葉を捧げるのを習慣とするキリスト教徒で、台湾では日曜日に家族で教会に通っていたそうです。聡明で物静かなアンは、良家のお嬢様という雰囲気を漂わせていました。

アンはちょうどそのとき、誰かの小型犬を預かっていました。話題は自然に犬のことに向かい、彼女がこう言ったのです。

「愛犬のラッキーが死んだとき、私たち一家は不思議体験をしたのよ」。

私はそのころ、「死んだらどうなるのか」ということを深く考えたこともなかったので、不思議な体験と聞いたとき、聞きたいような聞きたくないような、ちょっと恐い気持ちになりました。

「ラッキーは老衰で死んだ後も1週間我が家にいたの」。
え? どういうこと? 背中がゾクッしました。(現在の私ならそういう話を聞いても気味悪いとか不思議だとはこれっぽちも思わないのですが。)

「家族みんなが毎日、パタパタ音をはっきり聞いたわ。寝て尻尾をパタパタと床にたたきつけるのはラッキーの癖だったのだけど、死後も私たちに自分の存在を示したかったのかしらね。私たちは、そのつどラッキーの魂に話しかけたわ。ラッキーちゃん、わかった、わかった、ここにいるのね。もう安心して天国に行っていいわよって」。

パタパタ音は、ラッキーが好んで寝ていた食卓の下や、家のいろいろな場所から聞こえてきて、1週間後に突然聞こえなくなったそうです。

アンの一家に愛されて天国に行ったラッキーは、要らなくなった抜け殻を捨て、姿が見えなくなっただけなのだ、ということを家族に知らせたかったのではないでしょうか。

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