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愛犬の死を受け止めることができない

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<ペットロスから始まった私の長い旅> その1    

森の中で目を閉じて、秋の冷たい空気を胸一杯に吸い込むと、枯葉の匂いの中に私が愛した1頭の犬の存在を感じます。
マルチーズのコロが亡くなったのは、11年前の、よく晴れた秋の朝でした。

腎臓が9割以上機能していないことがわかってからは、明日はないかもしれないという恐れがいつも心の中にありました。だから、食餌療法、点滴、度重なる血液検査をしながら、残された時間を大切にしよう、毎日の一瞬一瞬をだいじに生きなければと無我夢中でした。後に「できるだけのことはした」と思えるようであれば、悲しみがいくらかは和らぐことができるだろう、寂しさや苦しみから少しは早く立ち直れるだろうと思ったのです。

コロはそれから1年半生きました。

しかし、コロの死後、どんな慰めも役に立ちませんでした。悲しみが私を押し潰してしまいそうだったのです。なぜもっと早く安楽死を選択しなかったのか?という後悔に苦しみました。コロの腎臓も肺も心臓も、もう限界に来ているのがわかっていたのに、私は奇跡を待っていたのでしょうか? 

夜寝るとき、このまま目が覚めないほうが楽だろうに、とさえ思いました。毎朝、目が覚めた瞬間に、コロの死が夢の中のできごとではなく、紛れもない現実であることを受け止めなければなりませんでした。

大声で名前を呼んでみたこともあります。
でも家の中は静まりかえったままでした。

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