記事一覧

それは虐待と呼びます

福島で取り残された犬たちや、いつも空腹で食べ物を探し回っている猫たちのことを考えると、我が国は一体どうなってるの?と腹が立ち、悲しくなります。

こんな場合こそ、国の力で動物たちを救うのが正しいのではないでしょうか。個人では限界があるし、個人の善意に甘えるかたちになっている。それどころか、実際に動物の命を救う人たちを「敵視」しているとしか思えないです。

それに飼い主も飼い主。

犬を世話するのに飼い主から許可をもらうって?
犬を治療するのに飼い主の許可?
病気の検査に飼い主の承諾がいるって?
何のこっちゃ? 狂ってませんか、この状況。

世話してくれてありがとう、じゃないですか。
治療してくれてありがとう、じゃないですか。

「愛する家族の一員」がつながれたまま、食べ物や治療を待っている、というのが変ではないですか?

そもそも、「つながれたまま=動物虐待」です。この人たちにとって、犬は家族の一員ではなく、生きている「防犯ベル」なのですね?

日本には動物虐待を防ぐ法律はないのですか?
新聞が、雑誌が、テレビがなぜこの現実を報道しないのですか?
いつまで個人の善意に頼るのですか?

真っ暗な倉庫に閉じ込められたままのハスキーだって?
えさを与えても無表情の犬だって?

彼らは生き地獄の中にいます。

ただでさえ、つないで飼うというのは虐待なのに、取り残された状態でつながれている、ということの恐ろしさを、私たちは今日、今、真剣に考えなくてはならないと思います。

「うちの犬は放っておいてください」という飼い主は、飼い主としての資格などないはずです。少なくともドイツやオーストリアやスイスではそうです。警察や保護団体が強制的に取り上げます。飼育禁止を宣告される飼い主もいます。犬の命が、飼い主の主義に優先
されるのです。

日本とドイツでは文化が違うからそういうこと言ってられる、と言う人いますが、文化の違いがどうのこうの私たちが議論している間だって、犬たちは生き地獄の中で、死が彼らを解放するまで生きていなければならない。

これって、おかしいじゃないですか?

Links:超スーパーコピー時計,タグホイヤー スーパーコピー,ウブロコピー