記事一覧

病気で高齢の犬が新しいファミリーを見つけた!

先週の「ファミリー探してます」コーナーに出ていた老犬のことが気になっていました。シェパードミックスの大型犬、12歳、重い腎臓病を患っている、というのです。
「残された日々を暖かなファミリーのもとで過ごさせてやりたいのです」という動物ホームからのメッセージがありました。

昨日の、インコの記事の冒頭に、「すばらしいファミリーが見つかりました!」と書いてあるのを読んで、「WOW!」と私たち夫婦は大喜び。誰も引き取り手がない、ということだったら、「何とかしないと」という思いが出て来ます。(私たちが再び犬を飼うとしたら、おそらく引き取り手がなさそうな大型の老犬でしょう。)

ここドイツでは、このように病気の犬、障害のある犬がちゃんとファミリーの新しい一員として引き取られて行きます。犬が重病を患い、回復の見込みはなく、苦痛を伴っているというときのみ、獣医師のもとでの安楽死が選択されますがそれはまれです。

犬猫に持病があっても、目が見えない、耳が聴こえないといった障害があっても、交通事故で足を切断しているとしても、「犬猫にも生きる権利がある」とこの国ではみなされています。

ドイツ版:本日の「新しいファミリー探しています」のコーナー

今日も小鳥の話題です。何とタイムリーなんでしょう。水曜日は動物ホーム(ドイツ語でティアハイムと呼ぶ)の「ファミリー探していますコーナー」が掲載される日ですが、今朝は、つがいのインコです。

「自由に飛び回るための部屋が用意できる人に限ります」という注意書き。大きな鳥カゴ、どころではありません。専用の部屋が必要なインコたちなのでした。

実はこの種のインコ、野外で異常繁殖してライン河畔に行くと実に数千羽が群れて飛び回っています。鮮やかな緑色に真紅の嘴の、アレクサンダーインコという種類らしいです。しかし、動物ホームにいるインコは始めからペットとして飼われていたので野外では生きられないのです。

先日書いた、映画「あん」の中のカナリアを思い出しました。結局、女の子からカナリアを預かったおばあさんが、「狭いカゴで飼われるのはかわいそうだから外に逃がした」と言うのですが、私は「自分で餌が見つけられなくてすぐ死んだだろうな」と思いました。まあ、映画のお話なんで、そうむきになることもないんでしょうけど。でも、「外に逃がすことが小鳥のためにいい」と勘違いする人が出てくるのは困りますね。

ふだんは大きめ鳥カゴ(とは言っても高さ2メートルは必要)に入れていて、一日の何時間か部屋を自由に飛び回らせる、という人もいます。はじめから一部屋、鳥に開放する人も。スイスに友人を訪ねたとき、アパートの3部屋あるうちの1部屋はインコの部屋でした。床は新聞紙で覆われてました。

鳥かごのカナリア

河瀨直美氏の映画「あん」を観ました。日本人も来てるかなと思ったけど日本人は私ひとり(だったと思います)。ちなみに市が経営するアールデコのステキなこの映画館、3回の上映のうち1回だけが日本語(ドイツ語の字幕)、2回がドイツ語吹き替えです。

感想はーーーーいい映画でした。

でもひとつ気になったことが。
「あ、これ、ドイツ人が文句言いそう!」というシーンがあったのでそれを今日は書いてみます。

ペットのカナリアを高校生の女の子が鳥かごに入れてマンションで飼っている、という設定ですけど、これってドイツ人にとっては動物虐待のひとつなんですよ。「え、どこが?」と思われるかもしれませんが、ドイツでは小鳥でもハムスターでも最低限のオリのサイズが決まっています。金魚も例外でなく、金魚売り場には「最低これこれのサイズの水槽が必要です」という大きな注意書きがあります。金魚鉢の金魚とかを動物愛護のドイツ人が見たらショックかも、です。

ここではカナリアが自由に飛び回れない鳥かごで飼うことはできません。カナリアのような小鳥だから小さいオリでいい、というわけではないのです。誰も見ていない? いやいや、カナリアの歌声が聞こえる家の中を、隣りのドイツ人はカーテンの縁からしっかり観察してますよ~

犬猫じゃあるまいし

是枝裕和監督の映画の大ファンです。彼の映画はここドイツでも上映され、ドイツ人も絶賛。
「そして父になる」という映画、ご覧になりましたか。私は二度観ました。日本語での上映の日と、ドイツ語での上映の日に。

赤ちゃんが病院で取り違えられて別の家族に渡り、子供が6歳になったときに発覚、病院側が双方の家族に子供の交換を持ちかけるシーンがあります。

父親である男性(リリー・フランキー)が「犬猫じゃあるまいし、子供をいまさら交換しろ、だなんて!」と大声を出すと、その妻が、「犬猫だって同じですよ!」と夫に怒ってたしなめる。

そのとき映画館の会場から拍手が起きました。痛快なシーンに私も思わず(心の中で)大拍手をしました。

ドイツの消防署は動物を救う

消防署の人たちは動物のためにも駆けつけてくれます。

先日の新聞には、家が全焼したが人間は全員早く逃れて無事だったことと、消防署の人たちが部屋に閉じ込められていた猫を無事救助したことが掲載されていました。

消防署には救助用の犬猫用のケージも用意されているそうです。

ある夜遅く近所を散歩していたら、24時間オープンの動物救急病院の前に消防車付属の大型輸送車が止まりました。
「むむ、なにごと?」と私たち夫婦も立ち止まって見ていたら、後方から降ろされたのは、でっかいケージに入れられた長毛猫! ケガしている迷子猫を見つけた人が消防署に連絡したのでした。

野犬の避妊手術を拒否?

大西洋の西アフリカ沖にあるカナリー諸島の島、ラ・パルマ島から戻ってきたところです。
そこは本土からは遠く離れていますがスペインです。常春で冬でも泳げる、お魚が美味しい、パエリアも美味しい、ハイキング中に山道で会う人たちは必ず、「オラー!」と挨拶して通りすぎて行きます。しかし、村から村へ歩くうちに私の心はだんだんと沈んでいきます。

庭のすみにつながれたままの犬たち。飲水もない。散歩にも連れて行ってもらってない。その証拠に、犬小屋の周囲はフンだらけです。

中型の細いグレイハウンドふうの犬が、狭い小屋に何頭も詰め込まれています。彼らはハンティングのときに使われる「道具」です。不要になれば山に捨てられる犬もいます。田舎でゴミをあさる犬は、多くが骨と皮だけにやせ細り、皮膚病にかかっている犬もいます。近寄ると逃げてしまいます。もう人間を信じることができなくなっているのでしょう。

動物愛護先進国であるドイツからボランティアの獣医さんたちが薬も器材もすべて持参して野犬になった犬たちの避妊手術をしようということになりました。

しかし、なんと地元の獣医たちが反対して、なかなか実行に移せないでいるそうです。プライドがじゃまする? 余計な御世話という気持ちがはたらく? 

もちろん、ラ・パルマ島の人たちの中にも犬を愛する人たちが大勢います。ドイツ人の活動家が野犬になった捨て犬を保護してドイツに連れていき、新しいファミリーを見つけるフィルムもテレビで見ました。そういう活動は地元のスペイン人と一緒に行います。

地元の人たちと共同事業でないと、一方的なボランティアは拒否されてしまうのかもしれません。

大目にみよう!というトレランス精神

曽野綾子さんの同じ本「人づきあい」の第31頁を引用させてください。(イースト・プレス社)

「すべての人がかならずしも常識的に生きなければならない、ということもない。人間の生き方の最低を示した法律を犯してさえいなければ、ますいいとしなければならない。こっそり犬猫を飼うぐらいのことは、別に法律違反だと言って騒ぎ立てるほどのことではない。その犬が通路にウンコを落としたり、臭かったり、鳴き声が煩わしかったりしたら注意すればいいが、とくに他人に迷惑を及ぼさない限りほっておくくらいのいい加減さが自分にない場合、むしろこちらの性格や生き方や健康に問題があると見たほうがいい、というのが、私の実感である」

トレランスの高い国ほど住みやすい、と私は思います。人間の生きる権利を犯すような重大な事情でなければ大目に見る、許容できる、というのがトレランス。それは国がお金持ちであるかどうか、先進国であるかどうかなどとは無関係であるような気がします。

ドイツなど、動物に関してはトレランス✕2ぐらいかもしれません。道にはフンが落ちている、今日もうちの玄関前にありました!しかも大型犬。責める相手は犬ではなく飼い主のほう。誰か分からないから私が掃除するしかないです。

こないだ頼まれて預かった犬は毛が臭くて臭くてやりきれなかった。飼い主に指摘したら逆ギレされた。その人は愛犬を野原で放して散歩させますが、そのときに、犬は野ネズミの死骸の上で転げまわっているはずです。まさしくその匂いなんです! 彼女の犬を預かってあげる人のトレランス度はかなり高いはずです。私はダメでしたが。

近所の大型インコの鳴き声、すごい。天気のいい日は窓を開けるからギャーッ、ギャーッって聞こえて来ます。「ここはアマゾンのジャングル?」と思えるような鳴き声です。階下のおじさんが時々窓から、「うるさああい」って怒鳴ります。私たち夫婦は、「あはは、怒ってるよ」と、いたって冷静。

トレランスについてはフランスもすごいです。ニースの町でスーパーマーケットのカートに堂々とワンコを乗せてお買い物するマダムを、ニースだけでなくフランスでは何回も見たことありますからね。いや、それを勧めているわけではないです。ただ、見て見ぬふりをする、大目に見るのがフランスだなあって心底思っただけです。私の場合、スーパーで買物するとき、犬は車の中です。暖かい日は窓を半開きにして。そうしないと窓を壊されます。犬を救うために他人が窓を壊してもOKな国、なんです、ドイツは。

曽野綾子さんのエッセイから

作家であられる曽野綾子さんのエッセイの抜粋を集めた「人づきあい」という本を読んでいたら、「これ、これ、これなんです!」というところを見つけましたので紹介したいと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

まず火を消すのだ。まず人を助けるのだ。それから後に起きた問題は後から解決する。
これが秀才にはできないのだ。すべて起こり得るあらゆる問題を考えているから、何も行動を起こせない。秀才とは、私がいつも皮肉をこめて言うように「できない理由を見つけることがうまい人」なのである。

「人づきあい」101頁  曽野綾子著 イースト・プレス社

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
これぞまさしく今のドイツではないですか! 

難民が短期間に百万人以上やってきた。現在でも毎日2000人以上がドイツに来る。他の国々は知らん顔。これからこんなに大勢の難民をどうしたらいいのか? ドイツ人たちはかなり当惑しています。それでもドイツ人たちはボランティアで彼らの世話をする。ちなみに、ドイツでも政治家たちは「秀才」だからなんでしょうか、難民たちが速やかにドイツで仕事ができるよう工面することができないでいます。

なぜ、私がここでこの文章を例に挙げたかというと、ドイツ人は飼い主を失ったペットに対して同じ思想で対処していると思えるからなのです。この頁にメモをはさんだのは、難民の問題の起きるずっと前です。今日読み返していたら、「ドイツで殺処分がない理由」と書いたメモが、この頁からはらりと落ちました!

つまり、まず犬を助ける。その後に起きた問題は後で解決する。

起き得る問題をすべて、あらかじめ解決した後に殺処分施設のガス室をなくす、なんてことを日本の政治家の人たちが考えているとしたら、あと50年、いや、100年たっても日本からガス室での窒息死による殺処分は消えないのではないでしょうか。

ペットショップの掲示板から

私の住む人口25万人ほどの小さな都市にも大型ペットショップは何軒もあります。
でも安心してください。子犬や子猫を売るペットショップではありません。フード、首輪やハーネス、おもちゃ、クッションや足の弱った犬を運ぶためのリュックサックなどを売っているのです。こんなにたくさん店があって、よく潰れないなあと感心しています。
高級店もあって、手作りの細かい細工を施した首輪や、見るからに上等の生地を使ったシックな高級クッションや、使うのがもったいないような食器が上品に並べられています。

郊外の大型ペットショップの掲示板には、「新しいファミリーを探しています」の写真付き広告がぎっしり貼ってあります。動物保護団体が保護している犬たち。東ヨーロッパや、スペインや、トルコなどで保護してドイツに連れてきた犬もいます。ドイツの犬は実に国際的です。

先週は近くの食料品スーパーマーケットでウクライナから連れて来られた、すごくやさしい目をしたシェパード系ミックス犬の広告を見ました。早く新しい飼い主が見つかることを祈っています。ドイツに連れて来られた犬はほぼ100%の確率で新しい飼い主を見つかるのだそうです。日本もそうならないかなあ、と願っているのですが。

ペットショップの子犬や子猫

ある知人から、「ぼくの弟はペットショップのオーナーなんだよ」と言われ、ちょっと、いや、かなり衝撃を受けました。弟さんにも一度会ったことがありますが、物腰の柔らかな、とってもやさしそうな三十代です。大成功しているビジネスマンと聞いています。

「ペットを飼ったことないのにね」と知人は弟さんの「奇妙な商売」を笑っていました。

「飼ったことがないからできるんだ」と心の中でつぶやいた私。言葉で言おうとしたけど、ちょうど他の人たちも一緒にディナーを楽しんでいる席だったので言いませんでした。

「どんなところで繁殖した犬猫ですか?」
「繁殖の現場は把握しているのですか?」
「いつも完売、なんでしょうか?」 
「売れ残りの子犬子猫はどうしているのですか?」
今度、弟さんに直接会って聞いてみようと思っています。

Links:超スーパーコピー時計,タグホイヤー スーパーコピー,ウブロコピー