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夏の夜に現れた不思議な蛍

5年ほど前のできごとです。
夕食がすんで、私たちはいつもの散歩道を歩いていました。ここドイツの7月の日没は午後9時を過ぎたころで、夜の10時になってやっと夜らしくなります。

さくらんぼうや、りんごの大木が残る古い果樹園を過ぎ、両側をブラックベリーがおおう土手に差し掛かったとき、私は夫に言いました。足もとの草むらを指差しながら。
「去年、ここで蛍を見たのよ」と。

ドイツで蛍を見たのはそれが初めてだったので、見た場所は、はっきりと覚えていました。ドイツにも蛍がいるのを知ったのはそのときだったのです。薄暗い草むらで白い光を放つ蛍を見つけたとき、驚くと同時に、蛍を見るのを楽しみにしていた父のことが思い出されました。

1年前に蛍を見た、その忘れられない箇所を見下ろしたときです。

まさしく同じところに、蛍がいたのです。
草にとまって白い光を放つ蛍が、1匹だけ。

実験に使われたビーグル犬に暖かいファミリーを!

実験に使われたビーグル犬にも幸せになるチャンスがあります。


ドイツの製薬会社は、実験に使った犬が必要でなくなったら、犬を解放します。
ドイツでは普通、ビーグル犬が使われ、彼らは「ラボ(実験)・ビーグル」と呼ばれています。

そのようなビーグル犬たちはコンクリートの世界しか知りません。この世に空があることも、クンクンいい匂いのする野原があることも知らないし、土の上を歩いたこともないし、他の犬たちと遊んだこともありません。もちろん名前もありません。

ドイツにはこの「実験ビーグル犬」を製薬会社から引き取って、新しいファミリーを探す人たちが何人もいます。

解放されたばかりのビーグル犬は、びくびくおどおどしていて、公園の芝生に降ろされてもどうしたらいいかわからず、座り込んでしまいます。第一、車を見るのだって、乗るのだって生まれて初めてなのです。
でも心配はいりません。これからは新しいファミリーが暖かく見守ってくれるのですから。

「実験ビーグル犬」はすぐに他の犬と遊ぶようになります。早い子だと実験室から出て数時間で芝生の上を他の犬たちとかけっこすることができるようになるのです。名前をもらい、新しい家族から頬ずりされ、寝心地のいいソファで大好きな人の横で寝そべることができるのはもう時間の問題です。

日本の実験に使った犬たちも(もちろん他の動物たちも)「こうなったらいいなあ、こうなりますように」と私は祈っています。

ドイツからのレポート

     今回はドイツのことお知らせします

 テレビとコンピュータのスクリーンにかじりついていた2週間でした。ある避難所で電話受話器を握り締めた女性の手が大きく震えるのを見たとき、私も苦しくなって泣いてしまいました。
 またあるときは、瓦礫の中で半分残っている家を見ている一家が映し出されました。自分の家がショベルカーで壊されていくのを両親と一緒に見ている男の子。13歳ぐらいのその子は両手で顔を覆い泣き出しました。この光景は彼の脳裏から一生消えずに残るのでしょう。
 この2週間のあいだに、九州にあった家への執着心とセンチメンタルな思慕はかなり消えたような気がします。両親が亡くなり、ついに私は長い思い出のある懐かしい家を半年前に手放しました。 
 故郷の家はショベルカーで破壊され、毎年秋には無数の金色の花をつけたキンモクセイの大木も、父がクリスマスツリーにするつもりで植えたヒマラヤ杉も根こそぎ倒されて更地になっているはずです。
 大木だけでも救いたいと思い、市や県に相談したけれど、大木は無理だ、植え替える場所もお金もないと言われました。家と大木のことを想像するだけで悲しくなっていた私ですが、今回の災害で家族や家を失った人たちの苦悩に比べたら私の感傷など何と小さな、取るに足らないものでしょう。今はそのことを口にするのも恥ずかしいくらいです。

        
 犬猫の保護も気になって、インターネットで調べたり、日本の活動家の人たちに聞いたりしていますが、情報がまだあまり入って来ません。なにしろ被害地が広域であるため、かなりの長期戦になるだろう、とのことです。
 東京に住むオーストリア人の知人は災害に遭った人のゴールデン・レトリーバーを引き取りました。飼い主が病気で入院したので引き取ることにしたのだそうですが、そもそも中・大型犬は避難所に連れて行けないので、その犬の行き場はどこにもない状態でした。友人はすでに4、5頭の犬を飼っていて(どの子も捨てられていた犬)、もう増やすわけにはいかない、残った数頭と連れて母国に帰りたいから、と言っていたのですが。

 犬猫を保護しているグループが現地に入っているそうで、お金を寄付したいと思っている人も大勢いると思います。
しかし、「インターネットでしっかり調べてからにしてください」とのこと。過去に1億円も集まったのに犬猫のためには使わず私腹を肥やしただけの団体があったそうです。

      福島原発事故とドイツ 

 ここで、動物の話題ではないのですが……、福島原発事故でドイツではどんな動きが出ているかについてお知らせします。

 ドイツのテレビやマスコミは最近まで24時間、東北の地震と津波、そして福島の原発の話題だけでした。今やドイツで、「FUKUSHIMA」という固有名詞を知らない人はいないでしょう。

 原発の事故の報道があってからのドイツでの危機感はすごかったです。「一刻も早く日本を脱出しないと!」というような雰囲気でした。
 しかし、日本のニュースを見ても、東京や九州にいる友人や知人の反応からも、それほど強い危機感は感じられず、情報面でドイツと日本とのギャップが大きすぎて、私はかなり戸惑いました。あるドイツ人の友人からは早速、「あなたの知り合いでドイツに避難したい人がいたら、是非うちを使ってって伝えて! 私の家は広いから受け入れられます」というメールが来ました。それに、数年から十何年も音信不通だったドイツ人やアメリカ人の知人たちから一斉にお見舞いのメールが来ました。この人たちの「思い」は日本にも伝わると思います。「思い」もエネルギーだと私は信じていますから。

 日本の政府要人の報告はもどかしく、接続詞や余計な謙譲語がだらだらと長く、結局何を言いたいかさっぱりわからないことがしばしばありました。私が同時通訳だったら、相当、困っただろうと思います。あの「現状報告」を通訳することは到底無理です。
 頻繁に耳に入ってきたのは、「ただちに健康に害があるものではない」という曖昧な表現でした。
「ただちに」の意味は? 1年後は? 5年後は? 政府はこれから先、放射能を浴びてしまった人たちのフォローアップをするでしょうか? 作業員のかたの「やけど」が普通のやけどではないことは確かです。始めのころ、原発で行方不明になった作業員がいるというニュースが流れたけれど、その人たちはどうなったのでしょう? 放射能汚染はなぜ怖いのでしょう? 

 先週、あるドイツの物理学者が言っていました。

「原子力というエネルギーは人間に向いていない」。


      この地球を守りたい……
     
「科学技術においては世界先端を行く日本であるのに、原発の事故が起きたではないか」と発言するドイツの政治家がいます。「日本が先進国であるのに」といつも言うので、私はその政治家を「であるのに氏」と呼んでいます。でも本当ですよね。原発の大事故が日本で起きるなど誰が想像できたでしょう?
 
 2週間前までは原発を推進していた政治家たちもさすがに勝ち目がないと悟ったらしく、意見を180度変えて原発反対を唱え始めました。今日、原発を推進したらドイツ国民からそっぽを向かれるのは間違いないからです。
 本来、10数年後にはすべての原子炉を廃炉にする予定だったドイツも、福島の事故直後に即、7基の原発が停止されました。一応3ヶ月停止ですが、99%このまま廃炉となるでしょう。ドイツ国内の原発がすべてなくなるのはもう時間の問題となりました。(とは言っても、今後ドイツで原発事故の恐怖が去るわけではありません。隣国のフランスではまだまだ原発反対の声が弱く、また東欧には旧式の原発がいくつもあるのですから)。
 
 一昨日ニュースは、北ヨーロッパ上空の大気に放射能に変動が観測された、と伝えていました。福島の原発の影響らしいです。
 原発の事故は、被害がその地域にとどまらず、地球規模の汚染を引き起こすのです。しかも何年も、何十年も、何百年先まで……。

続 あなたが散歩するとき、天国の犬も一緒に歩いています

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ポールはそれから私だけが知っている事実をいくつも語りました。私は「その通りです」と言い続けました。
1時間などアッと言う間でした。最後に、情報を伝えてくれた霊界の人々にお礼のお祈りをして終わります。終わる直前に、「何か聞いておきたいことがありますか?」と言われました。「私は愛犬を苦しませてしまいました」と言うと、胸が詰まってそれ以上は言葉が出て来ませんでした。病気で苦しんでいるとき安楽死をさせなかったという後悔に私は苦しんでいたのです。

「あなたの愛犬は今、病気も苦しみもない天国にいるのですよ。苦しみは過去のものなのですよ。今あなたが苦しみを思い出したとしても何の助けにもなりませんよ」。そう言うポールも、私の苦しい気持ちが伝染したのか、顔を真っ赤にして涙を浮かべていました。彼の両手が私の手を再び包みました。

それがポールとの最初の出会いです。
その日、ポールの書いた本が発売されていることを知って早速購入して読みました。半年後、私は彼の本を邦訳することになって、彼との交流が始まりました。とは言っても、本の内容で理解が難しい部分を明確にするために会うのですから、「私の愛犬は今、どうしていますか? 誰が面倒みているのでしょう?」なんて聞けません。

しかし私の願いは聞き入れられました。
テラスのテーブルで本の内容について話し合っているとき、ポールは突然、身をかがめ、足元の空間を「撫で始めた」のです!

「あなたの愛犬、ここにいますよ」

と、彼は普段の口調で言いました。それは、このケーキ美味しいですね、という口調と変わりなかったので、私は一瞬、「え?」と思いました。

ポールは透明な空間を繰り返し、撫で、「真っ白で、目が真ん丸」と言いました。「感極まる」とはこのことです。私も手を伸ばして私のコロを撫でました。やさしく、ゆっくりと。いつもそうしていたように。
コロの毛は絹のように柔らかでした。

あなたが散歩するとき、天国の犬も一緒に歩いています

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ポール・ミークは子供のころから、この世の人ではない人たちを見ることができたのだそうです。それは彼にとってごく自然なことでした。貧しくはあったけれど、家族をはじめ、教会の人も周囲の人も彼の霊能力を暖かく見守っていたので、彼はもともと大好きだった声楽だけでなく霊能力のほうも同時に追求していく幸せな環境に育ちました。

初めてポールに会ったときの彼の笑顔を忘れることはできません。私は初めて霊能者と呼ばれる人に会うので緊張していましたが、彼は私の緊張を解きほぐすためか、ちょっと雑談をして、それから2階の「リーディングの部屋」に案内してくれました。

こじんまりした部屋には花が活けてあって、木のテーブルにティッシュペーパーが置いてあります。「涙を拭くためだな」と思いました。それから、1時間近いリーディングを録音するためのテープレコーダーがありました。私は持ってきたカセットテープをポールに渡しました。

ポールはまず私の手を両手で包み、目を閉じてお祈りしました。精霊のみなさま、どうかうまく天国からメッセージがもらえるようご協力ください、という内容でした。

ポールはすぐに私の父のことを話し始めました。父の持病のこと、入院してから亡くなるまでの状況、性格などです。あなたのお父さんです、と言われたわけではありませんが、そこまで内容を知らされてそれが私の父であることは100%納得がいきました。もちろん、ポールは私の父が数年前に亡くなっている事実など知るわけはないのです。彼に知らせてあったのはアポイントを取るのに必要だった私の名前だけですから。

リーディング(SITTING)を受けるほうからミディアム(霊と交信する人)に情報を渡すことはタブー中のタブーです。そんなことしたら、どこからどこまでが天国からのメッセージなのかわからなくなってしまいますから。

「あなたのお父さんは、ある分野の専門家でした。今は天国で、そのときの教え子の人たちと一緒にいます」と彼は言いました。
 私の父は化学者でした。戦前、旧満州の大学で化学を教え、教え子たちとは戦後も連絡を取り合い、同窓会を中国で開いたこともあります。父が旧満州で過ごした時期は父が最も輝いていたころだったと思います。
<続く>

日本の殺処分を安楽死だと勘違いしていませんか

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私たちができることがたくさんあります。1個人の力なんて小さすぎる、殺処分される犬猫はかわいそうだと思うけど私にはどうしようもできないって思っていませんか?

とんでもないことです。私たち1人1人のポジティブなパワーは、次々と波紋になって広がり、いつか社会に大きな影響力を持つに至るのです。

今日、これから。明日、学校で。職場で。家族、友だち、職場の仲間と話してみませんか? 

「日本の殺処分は安楽死ではない」という事実を。

もしも日本の殺処分を廃止することがまだ不可能だというのなら(私は不可能だと思いませんが)、せめて殺処分の方法だけでも、犬猫が苦しまないような方法をとることができないでしょうか?

犬猫たちは絶望のまま、薄くなっていく空気を吸おうと苦しみながら、やがてバタリバタリと倒れます。窒息死です。「眠るように死ぬ」のでありません。苦しみながら死んでいくのです。

日本の環境省のお役人は、これを安楽死だと見なしています。

どうかこの事実を、学校で、職場で、家庭で話題にしてください。
多くの人が事実を知ること。事実を知らせること。「犬猫がかわいそう」と哀れに思うだけでは足りないのです。

第一歩は、まわりの人に話す。

犬猫たちの、すばらしい未来につながるよう、第一歩を踏み出しませんか? 

犬猫を殺さない国があります

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ご存知でしたか? 世の中には犬猫を殺さない国があることを。

ドイツ、オーストリア、スイスがそうです。その国々では、ペットとして飼われた動物を「殺処分する」という概念が始めからありませんでした。「要らなくなったから死なせるなんて、そんな恐ろしいことはできない」と言うのです。

日本でそのことを話すと、「じゃ、要らなくなった犬猫はどうするのですか?」と、よく聞かれます。

「動物ホーム」に収容されます。(ドイツ語でティアハイム。ティアは動物、ハイムはホームの意)。私が住むドイツには大小合わせて800以上の「動物ホーム」があります。

なぜ「犬猫ホーム」と呼ばないのかって? それは、犬猫だけでなく、モルモット、ネズミ、ウサギ、チンチラ、フェレット、小鳥も収容されるからです。ペットとして飼われていた山羊や、豚がいるホームだってあるんです!

「動物ホーム」で、次の飼い主が決まるまで過ごします。

健康な犬猫やペットの動物を人間の勝手で殺処分することは法的にも人道的な観点からも許されることではない、と見なされています。

その場をほんのちょっと離れた隙に

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テレビで紹介されたポール・ミーク氏の連絡先を探すのはインターネットが普及した現在とは違い、容易ではありませんでした。テレビ局は個人の情報を教えてくれないので、自分で探すほかなかったのですが、ついにある日、夫がポール・ミーク氏の指導を受けたことがあるという女性ミディアムの書いた文章をインターネットで見つけたのです。手紙を送るとすぐに返事が来て、ポール・ミーク氏の住所と電話番号を教えてくれました。住所は私の住む町から500キロ離れたミュンヘン市でした。

早速電話をかけると、秘書らしき男性から、「半年待ちになりますが、それでいいのであれば」と言われたとき、私は嬉しくて、1年でも2年でも待てると思いました。

辛かったのは母にコロの死を報告しなければならないことでした。母には「コロは私の腕の中で眠るように亡くなった」と伝えてありましたが、それは嘘でした。コロの横で一晩明かした私は早朝、着替えをしようと2階に走り、大急ぎで目の前にあった服に着替え、コロのもとに戻ってくると、コロは息絶えていたのです。

最愛の犬の最期を看取ってあげられなかったことについても、私は長い間苦しみました。着替えて戻ってくるまでに、たった2分。いいえ、2分もたっていなかったと思います。あのとき着替えなどしないで、そのままコロを抱いておけばよかった……。なぜそうしなかったのか?

コロの始めの4年間を育てたのは日本の両親でした。父が亡くなり、一人暮らしになった母は高齢で足が悪く、犬を散歩に何度も連れ出すことが不可能になってきたので私はコロをドイツに引き取ったのです。当時80歳の母はコロに会いに、ドイツまでやってきました。母はコロがドイツで幸せに暮らしているのを確かめて帰国しました。コロの死を告げたとき、母は、「コロはあなたの腕の中で亡くなったのだから、よかったよ」と言って泣きました。私は嘘をついていることを心の中で謝りました。

後にロンドンの、あるイギリス人ミディアムの女性から、「この世で愛する人が横にいると、あちら側に行くときが来ていても、魂がこちら側に引っ張られて肉体からなかなか出られないことがあるのですよ。だから、その人がいない隙に逝くのです。逝くのにもタイミングが必要なのです」と言われました。

私は友人や知人が同じように、愛犬や愛猫が「ほんのちょっとその場を離れた間に亡くなった」と言うのを何度も聞いたことがあります。あなたもその1人かもしれません。

魂は死なないという証があれば

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コロがまだ元気だった頃、ある晩、たまたまテレビで興味深い番組があっていたので、あわててビデオに保存しました。それはミュンヘンに住むポール・ミークというイギリス人の霊能者がスタジオにいる大勢の人たちの前に立って、他界した人たちからのメッセージを伝える、というものでした。彼はふたつ職業を持っていました。ひとつは声楽家として。もうひとつはミディアム(霊媒)として。

スタジオで突然、
「あなたにメッセージがあります」
と言われた人は、当人しか知らないはずの事実を指摘され、呆気にとられます。驚愕で目を大きく開いてうなずくのが精一杯、という人もいました。

しかし、故人からのメッセージが愛にあふれていることがわかると、驚きは故人に対するなつかしさに変わり、ポール・ミークの言葉ひとつひとつに涙を流していました。天国(霊界)とのコンタクトとは言っても、おどろおどろしさなど微塵もなく、メッセージはどれも暖かく、無関係の私まで幸せな気持ちにしてくれるものでした。

スタジオの一番後ろに座っていた二十代と思われる女性は、旅先の交通事故で突然亡くなったボーイフレンドからのメッセージを受け取りました。その女性も始めは何が何だかわからないようすで、口をポカンを開けていましたが、やがてハラハラと涙を流し始めました。するとポール・ミークはこれ以上にはないというような笑顔でこう言いました。

「あなたが今流している涙は自分のためなのですよ。あなたのボーイフレンドは、今は天国で幸せに暮らしているからもう悲しまないで、苦しまないでって言っていますよ」。

メッセージは故人からだけではありませんでした。
「それから、ここに犬も来ています。クリーム色の小さな犬です。私の言っている意味がわかりますね? 尻尾をちぎれんばかりに振っていますよ」。

女性は泣きじゃくりながら、うなずきました。

私はそのビデオを繰り返し見ては泣きました。スタジオにいた人たちの反応からも、視聴率を上げるためのサクラを雇ったとは考えにくい、と思いました。コマーシャルのないテレビ局の、きわめてまじめな番組です。普通は「不思議現象」を絶対に信じない夫も、「この人は本物と思える」と言い出したのです。

「ポール・ミークに会いたい」と私は願うようになりました。

この苦しみを乗り越えるには?

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<ペットロスから始まった私の長い旅> その2 

今ならすぐにインターネットでペットロス関係の本を注文するところですが、当時は、本をネットで注文というシステムが始まったばかりで、本は書店に行って探すものでした。

「本が読みたい。それも読んで納得いく本が」
「死について知りたい。死後、動物の魂はどうなるの?」

私は街の書店に走りました。ここはドイツですから、書店の本も当然すべてドイツ語です。文法や知らない単語に気をとられすぎてドイツ語で読書を楽しむというところまで至っていない私は、新聞と料理のレシピ以外、ドイツ語を進んで読むことはあまりなかったのですが、死について知りたい願望が、言語の難解さに勝ったのでした。

心理学、宗教、エソテリック、スピリチュアリズム関係の書物を前に私は長い時間すごしました。この数百冊の中から一冊ぐらいは私の心を少し楽にしてくれる本があるに違いないと思えました。

買い求めた本の中に、オーストラリアの大学で社会学を教えるシェリー・サザランドという教授が書いた翻訳書がありました。タイトルのドイツ語は、「亡き子と癒しの再会」とでも訳すればいいのでしょうか。亡くなった子が親のもとに姿を現す、そして親は大きな慰みを得る、という意味です。著者は霊的な体験をした親たちにインタビューして、本にまとめたのです。
原題は《Beloved Visitors》(最愛の訪問者)とありました。

次から次に起きる不思議なできごと、つまり、親は子の姿(霊)を見たり感じたりするのですが、気味が悪いなどとは全く思えませんでした。それどころか、終始、「よかったね、会いに来てくれたんだね」と、涙を拭き拭き読みました。辞書を片手に、ですが。(すみずみまで丁寧に読んだ初めてのドイツ語の本になりました。)

その中に、交通事故で息子を亡くしたマギーという女性の話がありました。この人は霊感が特に強い体質のようで、息子の死の瞬間に、違う場所にいて息子が亡くなったことを知る由もないのに突然気分が悪くなって立っていられなくなる、という体験をしています。

息子の死後も、心の目で息子を「見る」ことのできるマギーは癒されていくのですが、今度は息子の愛犬だったファングが亡くなると、深い喪失感と不眠に苦しむようになり、なかなか立ち上がることができなくなってしまいます。そして、ファングにもう一度会えたら、と願っていると……。

ファングがマギーのベッドに「現れた」のでした。